理事長挨拶
2022年6月2日の理事会での推薦と評議員会(社員総会)での信任を受け、本学会の第10代理事長を拝命いたしました。初代理事長は福山型先天性筋ジストロフィーに名を留められ、アジア・オセアニア小児神経学会the Asian and Oceanian Child Neurology Association (AOCNA)の創設者である福山幸夫先生です。第8代の高橋孝雄先生、第9代の岡明先生は日本小児科学会の理事長も兼務されました。錚錚たる歴代理事長の跡を継ぐことになり、重責に身が引き締まる思いです。
日本小児神経学会は、昭和36年(1961年)の小児臨床神経学研究会に端を発します。昭和44年(1969年)に機関誌「脳と発達」を創刊し、昭和52年(1977年)に日本小児神経学会と改称しました。小児科の専門領域としては最も早く、昭和54年(1979年)に英文機関誌「Brain & Development」を創刊し、平成3年(1991年)に認定医(現在の専門医)制度を発足するとともに日本医学会に加盟しました。現在の会員は3869名(2022年5月1日現在)、専門医は1281名を数え、全都道府県と海外で専門医と会員が活動し、全国のブロック毎に9つの地方会が組織されています。
小児神経学の領域は広範です。疾患としては、症状別には脳性麻痺、筋ジストロフィーなどの運動障害、知的障害、発達障害、てんかんや頭痛などの発作性疾患、睡眠障害、病巣別には中枢神経系(脳・脊髄)疾患、末梢神経疾患、筋・関節疾患、皮膚疾患、病態別には遺伝性疾患(神経変性症、先天代謝異常、先天異常症候群など)、腫瘍性疾患、髄膜炎や急性脳炎・脳症などの感染症、免疫疾患、低酸素や虚血、出血などの血管障害、外傷や中毒、栄養などの外因性疾患など多岐にわたります。以前は小児神経疾患の多くが原因不明でしたが、頭部MRIによる画像診断と遺伝子診断のおかげでさらにたくさんの疾患が新しく分類されています。特に遺伝性疾患の約半数は小児神経と関わりがあり、専門領域として最も多彩な疾患を対象にしています。また、医療のみならず、福祉や教育関係者との連携による療養、療育などの社会活動のウエイトが、他の専門領域よりも大きいことが特徴の一つです。
小児神経学の使命は、福山幸夫初代理事長が本学会機関誌「脳と発達」創刊号で「この素晴らしい成長発達のpotentialityに満ちた小児の脳神経を、その危険から守り、受けた損傷を最小限に止め、もって行なわるべき円満な発達を十分に遂げさせることにある」と述べています。1969年の創刊当時とは異なり、遺伝子治療や再生医療が実現され、最小限に止めながら回復させることも可能になりつつあります。医学や医療の進歩は著しく、益々高度化しており、小児神経専門医のみによって学会の使命が達せられるものではありません。福山先生は、「小児の脳の発達とその障害の研究にあたっては、狭義の小児神経学の殻に閉じこもってはいけない。母体である神経学、小児科学とのつながりはもちろん、(中略)基礎科学、および母子保健学、小児精神医学を始めとして、(中略)ほとんどすべての臨床医学領域と密接な関連を保つ”Multi-disciplinary collaborative study”が極めて重要である」とも述べています。基礎科学では、脳科学、遺伝学、分子生物学、人工知能、ロボット工学などが著しく進歩し、臨床医学や社会がますます複雑化している今こそ福山先生の指摘を肝に銘じるべきだと考えます。
日本の小児神経学の歴史では福山型先天性筋ジストロフィーの他に、大田原俊輔先生らによる新生児期発症難治てんかんの大田原症候群、瀬川昌也先生らによる運動異常症の瀬川病などが臨床知見に基づいて世界で初めて報告され、その後国内での共同研究により世界に先駆けて疾患の原因と病態が明らかにされました。いずれの研究も一疾患の報告と原因同定に留まらず、それぞれの分野で新境地を開く画期的なものでした。これは当に集学的・学際的共同研究によって成し遂げられたものです。翻って海外に目を転じると、施設はもちろん国境を越えた共同研究が当たり前になっています。上に述べたように、小児神経疾患は原因や病態によって細分化され、その多くは希少疾患であり、難治疾患です。小児神経と関わりが深い全国重症心身障害児(者)を守る会の「最も弱いものをひとりももれなく守る」という基本理念に深く賛同するとともに、専門的な職能集団としてそれぞれの得意分野を活かして、未来に希望が持てるよう共同研究と社会活動を進めて参りたいと存じます。皆様のご助力とご支援を衷心よりお願い申し上げます。